見る、見られるセクシュアリティの装置としてのBL

はじめに

　日本における漫画、ゲーム、アニメなどのサブカルチャーは、国民の消費行動が縮小の傾向にありながらも、大規模な市場を構築している。その勢いは国内にとどまらず、海外からも注目を集めて久しい。2019年にはイギリス・大英博物館にて「The Citi exhibition Manga」が開催され、3ヶ月の会期中におよそ18万人もの来場者を集め、大英博物館の企画展としては歴代最多の来場者数を更新したという。日本のサブカルチャーは国内外から高い注目を集めており、もはや文化として見逃せないという意見でさえ古臭いものとなった。その中でも、男性同士の恋愛（絆）を描くボーイズラブ（通称・以下BL）の市場規模は約220億円という調査が出ており、その規模は年々拡大している（注1）。例えば連続ドラマ『おっさんずラブ』は「新語・流行語大賞2018」にノミネートされたり、劇場版の特典付き前売り券は一週間で完売するなど、社会現象を巻き起こした。また、書店に入ればBLのコーナーが設けられていない方が珍しいし、BLはいまや漫画、アニメ、ドラマ、映画と幅広いメディアにまたがる一大エンターテインメントジャンルといえよう。

　一体、BLの何がそこまで人々を魅了するのだろうか。BLに関する先行研究も多く、日本だけでなく英語圏でも、少なくとも1980年代後半にはBL研究に着手されている。またBLは作家、読み手ともにほとんどが女性である。BLの中の女性といえば、BLの関係性の枠外に置かれ、基本は当て馬かキューピッド役といった、物語を盛り上げる第三者でしかない。なぜそのように描かれることが多いBLが女性に読まれるのだろうか。本稿の第一の目的は、BLというセクシュアリティの分析をすることである。研究対象としては、女性は恋愛において報われず、また本質的に女性が不在であるセクシュアリティ＝BLをなぜ女性が楽しむのか検討し、その後、オタク文化における「同担拒否」というセクシュアリティについても検討する。

BLが女性に読まれる理由

　女性という装置はBLにとってなぜ本質的に不在である必要があるのか。藤本（2007）は結婚制度が作り出したイデオロギーに関連して、「結婚は恋愛の『正しさ』を証明する外的基準となる」とした上で、逆説的にBLが「本当の愛」を証明することができるのだと述べている。また西条・木内・植田（2015）は、

男性アイドルは基本的に、ファンである女性にとっての「王子様」、つまり憧れの恋愛相手としての役割を担う。しかし、近年、特に2000年代以降に人気を博している男性アイドルグループを映すメディアでは、異性愛のメッセージと並んでメンバー同士の強い友情や信頼関係が頻繁に表現される。シンデレラ的な「女性を掬い上げる男性」、イコール「王子様」「選ばれる女性」というジェンダー役割は変質して、男性アイドル像（仮想空間が提供する偶像）は、女性ファンにとってアイドルを身近な自分の好みと合致させやすい「キャラクター」に変質すると同時に、自分とは異性愛関係を結べない「偶像」としても認識構築されている。

と述べ、女性は男性アイドルグループのメンバー同士が仲良くしていたり信頼関係を感じさせる場面に遭遇するとき、BLという「本当の愛」を証明する関係性に読み替えているのだという。女性は、男性が女性の裸を見て喜んだり、力関係で支配されたりすることを幼い頃から刷り込まれる場面が多いために、力関係が最初から対等な男性同士が、結婚という外的基準を抜きにして、結婚というゴールがないからこそ内面的な愛を証明する物語に惹かれるのではないだろうか。そのような理由からBLには女性が本質的に不在である必要があるのである。では次に、そんな役割を負った女性に焦点を当てたBL作品『わたしたちはバイプレイヤー』について検討していきたい。

『わたしたちはバイプレイヤー』

　漫画家のはらだはBL界の鬼才と呼ばれ、その呼び名にふさわしい最後のどんでん返しが読者のカタルシスを生むという作風が特徴である。また単行本のほとんどがドラマCDにもなっており、『カラーレシピ』（2016）はBLアワード2017コミック部門一位に輝いている。

　『わたしたちはバイプレイヤー』では総じてBL漫画での女性の役割を簡潔に描き切っている。ヒロインの女の子である姫海は、才色兼備で周りからも完璧だと評されている。隣の席の皇子山もまた完璧な男の子とされ、姫海は『皇子山くんみたいな高スペックメンズと付き合えたならば私の学生生活は完璧♡』と皇子山を自信満々に狙っている。ある日、姫海と脇川という冴えない男の子との中身が入れ替わってしまい、その事件後によく一緒にいる姫海と脇川を見た皇子山は鋭い目つきで脇川を睨み、『もうあの子に近づくな』と牽制する。そんな皇子山の様子を受けた姫海は、皇子山が自分のことを好きで、脇川に妬いているのだと確信する。ある日、皇子山と脇川が言い争っているような光景を遠目から目撃した姫海は慌てて仲裁に向かう。その先で皇子山と脇川が性行為をしているのを目の当たりにする。そこで初めてすべてを理解した姫海は身をひき、自分こそがこの物語のモブだったということを悟る。

　この作品は「選ばれる女性」性を排除したBLの特性を端的に表現している。終盤の見開きページに繋がる姫海のモノローグ『そこでようやく気がついたんです 私の恋は実るはずがなかったということに だってわたしたちが幸せになったらこのお話はなりたたないから！』はBLの特性を象徴している。BLにおいて女性は本質的にモブであり、極端に言ってしまえばそもそも存在意義から詰んでいる。女性がでしゃばっているBL作品は、例えるなら少女漫画の中でライバルがヒロインの妨害をする場面を読む時の苛立ちと似ている。BLが少女漫画と異なる点は、BLの中の女性の内面はさほど深く描写されることがない点である。もし仮に女性キャラがBLのカップリングの片方（もしくは両方）を好きになってしまっても、最終的には意中の相手のセクシュアリティを認め、潔く応援する立場にすんなりと移行するのが多く見受けられるからである。

　さて、この作品の考察をしたいと思う。冒頭では、まず女性キャラが姫海の噂をするところから始まる。『いつみても美人！』『スタイルもいいよね』『期末の成績、女子の中でトップだったらしいよ』『部活でもいい成績残してるし』『誰に対しても優しいしまさに才色兼備』という自己紹介ともなるような吹き出しが配置され、これを受けて姫海はメタ的に『ありがとう今朝の名も知らぬモブ達 くわしい説明を…！』というモノローグを出す。最終的には姫海自身がモブという扱いを受けるので皮肉な表現となっている。また、姫海が皇子山と付き合いたいと思う動機として、将来輝かしく堅実で安定した未来を手に入れるためとしているのも興味深い。先ほどあげたBLにおける内面的な「本当の愛」の証明の説とは真逆で、姫海の場合は外部的な要因が動機となっているため、BLからの排除性が浮き彫りになっている。また、終盤のモノローグ『そこでようやく気がついたんです 私の恋は実るはずがなかったことに』が出るページのコマで、姫海は目線をカメラの方に移している。つまりそれは読者目線ないしはメタ目線に切り替わる合図で、『わたしたち』というBL作品に登場するすべての女性キャラの代弁を始める合図でもあるのだ。『わたしたちはバイプレイヤー』は、BL作品に登場する女性そのものに焦点を当て、BLにおける女性の不在を描いた作品である。

オタクとセクシュアリティ

　吉澤（2020）はオタクの営みは総じて対象への愛の表現であるとし、つまりセクシュアリティのあり方の一つだとし、次のように述べている。

オタクの営みとは、何よりも自らが性的主体であることの証しのようなものにほかならない。オタクはなぜ「オタクであること」を隠そうとするのか、いやそもそも人はなぜ趣味について（何が好きかを）問われると身構えてしまうのか、それは考えるまでもなく明らかだ。自分の好きなものを明かすことは、身体そのもの、自らのセクシュアリティを曝け出すことにほかならないからだ。

　BL愛好家は、必ずしも本人が同性愛者で、BLに対して共感を求めてコンテンツを受容している訳でないのは明らかである。なぜ女性の多くがBLを好み、またBL市場が女性をターゲットにしているのかといえば、BLに対して女性は傍観者であることができ、「選ばれる女性」でもなければ「選ばれない女性」でもない。いわゆる「同担拒否」といった嫌悪感とはある意味でかなり距離を取ったコンテンツといえよう。

　「同担拒否：とは同じ対象のファンを避ける行為と定義される（注2）。オタクの営みがセクシュアリティのあり方の一つだとするのならば、愛着を持っている対象に許容する範囲以上に近づく別のオタクがいるのなら、それは恋愛関係と同じように嫌悪感を感じて然るべきであろう。しかしBLという関係性にはそのような感情すら入る余地はないのだ。女性はBLにおいて、その関係性の内部に立ち入ることはできないし、そもそも想定すらされていない枠外の存在なのである。

　また、オタクの営みがセクシュアリティのあり方の一つという説を踏まえるならば、「女オタク」や「腐女子」という言葉に居心地の悪さを覚える者もいて当然だろう。「美術館女子」が炎上したのがまだ記憶に新しいが、取り立てて「女性」「女子」と名づけるのは、受け取り手によってはかなり暴力的なものになるのは言うまでもない。当事者としての女性は、新たに名づけられるまでのことはない。名づけるまでもなく等しく存在し、一人ひとりが生身の人間で、それまでの人生とこれからの人生がある。「女オタク」とは、まるでオタク文化が男性のもので、元々は女性が関わる領域ではなかったが、最近になってようやく市民権を得てきた…そんな含みを感じさせるのである。女性は「見られる」「選ばれる」セクシュアリティの対象として押し込められるものではなく、「見る」「選ぶ」セクシュアリティのはたらきを当然持つのであり、BLにおいては、そのような女性像を昇華する装置なのではないだろうか。

まとめ

　BLというジャンルの特性と、その特性の中で女性がどのように描かれているのか分析するために、いくつかの参考文献と、漫画家はらだによる短編『わたしたちはバイプレイヤー』を考察することで、女性は徹頭徹尾BLにおいてモブであり、物語を動かす装置であるというメタ的な役割を分析でき、女性とBLについての関係性が明らかになった。また、吉澤（2020）によると「オタク」はセクシュアリティのあり方の一つということで、いわゆる「同担拒否」は恋愛関係で間に入られる（入られそう）という時と同じような嫌悪感を感じて然りであるが、「同担拒否」というオタクコンテンツにありがちな観点からしても、BLにおいては女性は傍観者であり、枠外の者として存在するということが明らかになった。また、「女オタク」「腐女子」という名前の問題についても、まるでコンテンツを「見る」「選ぶ」ことは元々は男性の領域であるという含みを見出しうるという問題が生じていることに注目した。BLにおいては、女性が第三者であるがゆえに、「見る」「選ぶ」というセクシュアリティの主体的立場に立つことが可能となり、あくまで傍観者という立場ではあるが、BLは女性にとってそのような装置でありうるのではないかという結論に至った。

注

1. 矢野経済研究所『クールジャパンマーケット/オタク市場の徹底研究』矢野経済研究所、2016
   「オタク」に関する消費者アンケート調査を実施（2018年） | ニュース・トピックス | 市場調査とマーケティングの矢野経済研究所（2022 年1月30日最終アクセス）
2. 末吉（2020）、p.342

参考文献

• 久保(川合)南海子「婦女子の『女子ジレンマ』」『日本認知科学会大会発表論文集』第 34 巻、 pp.148-152、2017
• サンキュータツオ「純愛の証人としての BL BL にハマったある男の物語」『ユリイカ』(特集 BL オン・ザ・ラン!)、第 44 巻 15 号(2012 年 12 月)
• 末吉彩「サービスの特性と消費者間の相互作用 ジャニーズファンにおける同担拒否を事例とし て」『日本マーケティング学会 カンファレンス・プロシーディングス』第 9 巻、2020
• 西条昇・木内英太・植田康孝「アイドルが生息する『現実空間』と『仮想空間』の二重構造~『キャラクター』と『偶像』の合致と乖離~」『江戸川大学紀要』第 26 巻、pp.199-258、2016
• はらだ「わたしたちはバイプレイヤー」『ネガ』竹書房、2016
• 藤本純子「女が男×男を愛するとき やおい的欲望論・試論」『ユリイカ』(総特集 腐女子マンガ体系)、第 39 巻 7 号(2007 年 6 月臨時増刊号)
• 堀あきこ・守如子『BL の教科書』有斐閣、2020
• 吉澤夏子「〈私〉の性的主体性 腐女子と夢女子」『ユリイカ』(特集 女オタクの現在)、第 52 巻 11 号(2020 年 9 月)